「恋空」ドラマと「君空」とは?

「恋空」ドラマと「君空」とは?

「恋空」にかんしてここまで記述してきて、「君空」と云うものがあると云う事を知り、「君空」の携帯小説を詠んでみた。

 

「恋空」の小説は詠まず、「恋空」の映画を観て、「君空」を詠むと云う事は無謀だったかも知れない。

 

「君空」は、ヒロが美嘉と別れてからの事をノートに綴っていたものを、美嘉がアレンジして美嘉の言葉で書き直したものに成るのだろう。
ヒロから観たもう1つの「恋空」なのだろう。

 

映画では知りえなかった事がありすぎて、驚きとこの2人の愛の深さも知り、ヒロの凄い心の葛藤があって、途方もなく切なくて切なくて、詠まなければ良かったとも思ったのだ。

 

詠まなければ良かったと云うよりも、突如映画にしてしまった事が残念でならない。
映画の「恋空」と、小説の「恋空」はあまりにもちがいすぎるのじゃないだろうか。
映画は本当に大きな出来事を、拾って纏めて(まとめて)くっつけてしまっただけの、中身の薄いものに為っていたのだと云う事が理解できた。
そして、小説と映画では1つ1つの出来事もちがっていたり、映画では何種類かの出来事を1つに纏めて(まとめて)しまっていた事も理解できた。
あれでは何も理解できていなかったと云っても良いくらいのである。

 

そうするとドラマの「恋空」は、また映画とも小説ともちがう「恋空」に成るのだろう。
映画化より先にドラマ化してほしかったとおもわれる。
映画を観た美嘉はあれでよかったとおもえたのだろうか。
あの内容で自身達の「恋空」が相当の人に伝達されたとおもえたのだろうか。

 

世俗に有益な話柄

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